大判例

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東京地方裁判所 昭和36年(ワ)2083号 判決

原告 橋場喜代子

〈外一名〉

右両名訴訟代理人弁護士 新宮賢蔵

被告 武田美代子

〈外三名〉

右被告四名訴訟代理人弁護士 鈴木喜三郎

主文

被告武田美代子は原告橋場喜代子に対し別紙目録記載の建物から退去してこれを明渡しかつ昭和三六年二月一二日以降右明渡済まで一ヶ月一一、〇〇〇円の割合の金銭を支払え。

被告李光顕、大宮一郎、西川義人は原告橋場勲に対し前項建物から退去してこれを明け渡せ。

訴訟費用は被告らの連帯負担とする。

この判決は原告両名において各自五〇、〇〇〇円の担保を供して仮に執行することができる。

事実

原告ら訴訟代理人は主文第一ないし第三項と同旨の判決並に仮執行の宣言を求め、請求原因として

一、原告らは夫婦であつて、別紙目録記載の建物は原告勲において原告ら居住家屋の敷地内に昭和三二年建築し所有するところ(したがつて賃料の統制はない)、原告喜代子は原告勲の諒承の下に同年五月三一日被告美代子に右建物を賃料一ヶ月一一、〇〇〇円、期限二ヶ年敷金二ヶ月分の約束で賃貸し、その後右期限を昭和三六年五月三一日まで延長した。

二、被告光顕は被告美代子の内縁の夫であつて、右建物に居住し、被告美代子には収入がないので、被告光顕が夫婦の生計の維持者であるが、同被告らは共同して次のように原告夫婦に何等の理由なく、執拗に威嚇、乱暴をしたり暴言を吐き賃貸人を侮辱し、家庭生活の平穏を攪乱阻害し賃貸借契約上の信頼関係を破壊する背信行為に出たので、原告喜代子は被告美代子に対し昭和三六年二月一〇日付翌翌一二日送達の内容証明郵便により背信行為の故に賃貸借契約を解除する旨の意思表示をした。

その行為は次のとおりである。

(イ)被告光顕は昭和三五年八月原告らに無断で畳替と建具の張替をなしその代金一七、五五〇円を同年八、九月分の賃料から差引き、右代金に相当する賃料の支払をなさず代金の領収証の交付要求を拒絶した。次で同被告は同年一二月初頃台所の戸、玄関の高窓とドアーの桟の修理を要求したので、これに応じ大工を差し向けたところ、同被告はこれを断り自分勝手に大工を傭い、申入のない場所まで修理模様替をした。そして同月三一日夕方同被告から電話で家賃を計算すると申し出たので、原告喜代子が赴いたところ、修理代は九、〇六〇円であるというので、賃料との差額一、九四〇円を受領した。その際同被告は大工の礼三、〇〇〇円食事代一、二〇〇円を負担するよう申し出たけれども、これを拒絶した。ところが同被告から同夜度々電話がかかり、二ヶ月前から神経痛のため病床にある原告勲に来るよう決めたが、病気の故にこれを断つたところ、同被告は間もなく無断で同原告の病床に上り込み「お前は仮病を使つて会社を休んでいる。会社に告げ口をして辞めさせるようにする」と脅かし同原告を恐怖に陥れた。その夜午前二時頃まで度々電話をかけ同様の放言を繰り返した。

(ロ)昭和三六年一月二二日午後八時頃被告光顕から電話で門が開いているというので、原告喜代子がこれを閉めたところ、更に電話がかかり、偶々来合せていた義弟の田口四方吉が電話に出て同被告と口論したため、同被告は怒つて原告方に玄関から入り田口を怒鳴ると共にステツキで同人の顎を突き、手で押し倒したので、同原告は驚いて一一〇番に助を求めた。その後執拗に夜中の一時頃まで電話で田口の住所を知らせるように要求し、人の顔に泥を塗る気かと嫌がらせをいつた。

(ハ)同被告は同月二六日夜一〇時頃から一時頃まで数回に亘り原告喜代子に電話で「お前はしぶとい女だ。鰻もしぶといが一突すればコロリだ。お前もそのようにしてやる。おれの部下は二〇〇人もいる」等と申し向けて脅かし、原告勲が同日二一日から不安のため神経を痛めて入院不在中でもあり、原告喜代子は子供二人を抱え不安のため一睡もできなかつた。

(ニ)翌二七日被告美代子から電話で家賃は支払えない。値下してくれとの要求があり同原告がこれを断ると同被告は「あなたは実に憎い女だ。眼は蛇のようで盗賊の眼だ」と悪口した。

(ホ)同年二月六日夜一〇時頃から一二時頃まで被告光顕は電話で原告美代子に争いになつているから家賃は支払えない。転貸をするが生活の能力のない者だから家賃は二、〇〇〇円か一、五〇〇円しか支払えない。その理由は一一〇番を呼んで謝罪にこないとか、戸を閉めた時隙間があるからというのであり、かつ同原告は浮気をしていると無根の事実を放言して同原告を侮辱した。

(ヘ)同月八日夜七時頃同被告は同原告に対し電話でお前たちを徹底的に踏みつぶす。お前は浮気をしている。盗癖がある。反逆性があるとか建物の文句など長時間に及んで怒鳴つた。同原告はこれを聞くだけであるが、電話を切ると夜遅くまで執拗にかけてくるので、だまつて聞く外がなかつた。

(ト)翌九日夜一一時頃同被告は同原告に対しお前は淫売女だ。明日から徹底的に争う。被告美代子は既に転貸し、おれは子分に転貸する、などと電話した。

原告らは被告武田夫婦から非難される理由は何もないのに右のように執拗に原告喜代子を脅かしかつ侮辱したため、その背信行為の故に契約の存続に堪え兼ね前記解除通知をなしたもので、これにより賃貸借契約は解除された。

三、同月一四日右建物に対する仮処分命令を執行したところ、被告武田夫婦の外に被告大宮、西川がこれに居住し、共同使用中であることが判明した。居住開始の時期は判明しないが、右は無断転貸であり、かつ前記解除通知後も依然として執拗に原告喜代子を侮辱するので、同原告は被告美代子に対し右無断転貸と不信行為を理由として同月二三日付翌々二五日送達の内容証明郵便で右契約を解除する旨通知した。よつてこの事実を予備的に主張する。

四、同月二三日までの背信行為

(イ)二月一五日午前六時頃

被告美代子から電話で、電話は話すためにあるのだ深夜であろうが、夜明の三、四時であろうが正当な金を払つてかけているのだ。新宮弁護士とは話合をしない。あなたと話したいといつた。

同月夜一〇時半過頃被告光顕は原告方にきて原告勲が入院しているのは嘘だ。証拠をつきとめてやるから玄関を開けよと要求したが断ると被告美代子も門にいて橋場喜代子という女はパンパンで淫売女で泥棒だと数回繰返し一〇分位大声で叫んでいた。翌一六日午後六時三〇分頃被告武田夫婦が玄関にきて昨夜二人できたとき何故戸を開けないか、態度が気に入らぬ。あなたを死なせて見せよう。淫売女だ、泥棒だなど数回叫んだ。

(ハ)同月二〇日午後三時頃被告光顕から電話でお前は浮気をしていると罵るので、原告喜代子が電話を切るといきなり被告夫婦は原告方の縁側にきて硝子戸を叩いて開けろと怒鳴り、被告美代子が硝子戸を打ち破つたので同原告は恐怖の余り交番に助けを求めた。巡査がきて被告らを説諭し乱暴の跡の写真を取り告訴を勧めたが後難を恐れて思い止まつた。

(ニ)更に次の背信行為を理由とする契約解除を予備的に主張する。同月一五日同原告は被告光顕から両家の間に塀を設置するよう要求されたので、これを断るとどのような塀が設置されその費用を負担させられるのを恐れ、その指示どおり同年四月四日従前の両開き扉の真中で仕切るよう塀を設け道路から向つて右の扉を原告、左を被告が使用することとした。ところが同被告は同年五月五日警察官の立会つている面前で門柱を粉砕し扉を取り外し植込みを掘り抜くなどの乱暴を敢てした。よつてこの背信行為を理由として本訴において(昭和三六年七月三一日の弁論期日)契約を解除した。

(ホ)背信性の事情として

同年三月二六日午後六時半頃被告光顕は原告方にきて玄関の戸を叩き開けろと怒鳴り原告喜代子がこれを開けるとお前の主人は帰つたか、お前の足の骨を折つてやる子供の腰骨を折つてやると大声で怒鳴るので、子供が交番に電話して助けを求めた。戸塚署から巡査がきて被告らを説諭した。しかしその夜九時頃被告光顕がまたきてこれからお前らを殺してやると脅かしたが、戸が開かないので暫らくして帰つた。

五、原告喜代子は賃貸借契約終了による原状回復義務の履行として被告美代子に対し右建物の明渡と明渡義務不履行による損害賠償として解除の日以降明渡済まで賃料相当の一ヶ月一一、〇〇〇円の支払を求め、右契約が解除された以上被告光顕は使用権限がないので原告勲は所有権に基づき同被告及び被告大宮、西川に対し右建物の明渡を求める。

と述べ、

被告の主張に対し間取りの点は認めるがその余の事実は認めないと述べ、

証拠として≪省略≫

被告武田夫婦の主張

原告居宅と同被告ら賃借家屋との約五尺巾の中間に話合によつて高さ六尺の木塀を設置したため門の出入口が二つに分かれ被告方の出入口は巾約二尺五寸位という極めて狭い裏木戸程になつた。そして原告は門が狭くなるのでその出入口については広く作り直すと約束していたのに拘らずこれを履行しなかつた。次に街灯に結ぶ電線が原告の家から路面をはつて繋がれていたので危険な状態であつた。そこで被告らは正月早々これらのことについて文句がましいことをいうのを慎み、原告の適当な措置を期待し昭和三五年一二月三一日夕刻このことを原告に申し入れた。ところが原告らは怒り遂には一一〇番に電話するに至つた。その際被告らは原告を威嚇したり、怒鳴つたり、侮辱したことは全くない。

昭和三六年一月二一日頃原告は常のように街灯のスイツチ(原告宅に取りつけてある)を入れないので被告は電話で門の閉鎖と点灯を依頼したところ原告の親族と思われる田口某が電話で「話をつけてやるからこい」と呼ぶので被告光顕は被告美代子の子(一才)を胸に抱き玄関に入つたところ怒鳴られ、あげくの果警官を呼んだのである。

このように門は被告の方で作れということであつたので被告は来客にも恥かしい二尺五寸程の門を自費で拡張し外観をよくしたものであり、これにより本件建物の価値を増しこそすれ原告に何の損害を与えたことにならない。

したがつて原告の契約解除は理由のないものであると述べ、証拠として≪省略≫余の甲号各証の成立(甲六、七、八号証が現場の写真であること)を認めた。

理由

原告主張の一の事実、二の事実中被告美代子と被告光顕が内縁の夫婦であつて原告主張の建物に居住していること及びその主張の郵便が被告美代子に送達されたことは当事者間に争がない。

そして原告本人橋場喜代子の供述によつて正しく作成されたものと認められる甲第一一号証と同供述及び証人安藤直行、藤本三郎の各証言を総合すれば、原告主張の二の(イ)ないし(ト)の事実を認めることができる。

右事実によれば、被告光顕、美代子の言動は賃貸人である原告喜代子の家庭生活の平穏を執拗に攪乱阻害し同原告夫婦を脅かしたり侮辱すること甚しいものというべきであり、同被告らがこのような行動に出るについて原告らに責められるべき原因又は右行動に出ることがやむを得ないと見るべき事情を認むべき証拠は何もない。

そして被告光顕の言動は賃借人の行動でないけれども右認定事実によれば同被告の言動が被告美代子の意思に反するものとは認められないところであるので、賃借人の内縁の夫の右背信行為について賃借人がその責任を問われてもやむを得ないというべきである。右被告美代子夫婦の言動は格別の理由なく賃貸人の生活の平穏を常識では考えられない程執拗に阻害するものであり、かつ賃貸人を甚しく侮辱するものであつて、かかる賃借人側の言動により賃貸借契約上の信頼関係は完全に破壊されたという外はない。

ところで建物の賃貸借関係は信頼関係を基調とするものであるから賃借人側の事由により信頼関係を完全に破壊するときは賃貸人は即時に賃貸借契約を解除することができるものというべきである。

してみれば賃貸人である原告のなした前記契約解除の意思表示は賃借人側の背信行為の故に適法であつて、これにより本件賃貸借契約は終了したものと判断すべきである。

したがつて被告美代子に対し契約終了による原状回復義務の履行として本件建物の明渡と解除の日以降明渡済まで明渡義務不履行による損害賠償として賃料に相当する金銭の支払義務を負うものである。そして被告美代子の内縁の夫としてその生計の維持者と推認すべき、被告光顕は本件建物の占有者と認めるのが相当であるところ、右契約が解除された以上その所有者である原告勲に対し占有権限を喪失したわけであり、したがつてその明渡義務を負うものである。

次に被告大宮、西川が本件建物を使用していることは成立に争のない甲第四号証によつて認められるので、同被告らも原告勲に対しその明渡義務を負うこと勿論である。

よつて原告らの請求を正当として認容し、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条、第九三条仮執行の宣言について同法第一九六条に則り主文のとおり判決する。

(裁判官 西川美数)

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